犬山×こども×大人×てつがく×対話


by 犬てつ
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11月10日(土)犬てつ(9)開催しました♪  

秋の特別企画「アートでてつがく対話」
進行役:安本志帆さん
参加者:19人 

芸術の秋、ということで、
夏にマチスの絵で好評だった「アートでてつがく対話」の第二弾です。
今回はピカソの絵画《アヴィニョンの娘たち》(1907)を準備しました。 
 
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借りてきた絵の複写なので、反射が映り込んでいます

 
子どもたちは何の前知識もなしに、はじめてこの絵に向き合います。
志帆さんと私のなかには、子どもたちが絵にきちんと向き合えば、
知識なんか関係なしに、本質的な話になるという確信がありました。 

今回は、はじめての方が3組も参加してくださったので、
対話の前にまずはコミュニティ・ボールの役割と、
「聴く」と「聞こえる」の違いについて子どもたちに確認します。 

―「聞こえる」は虫の音とかが聞こえるけど、「聴く」は考えながら聴くこと
―「聞こえる」は耳に入ってくるけど、「聴く」はその人の方を見て聴く。  

じゃあ、今日はみんなの話を「聴く」ことをしてみようね、ということで、
「好きな色」と、「それはどんな素材のものか(クレヨンとか絵の具とか)」を一人づつ話します。 

―クレパスのちょっと固い感じの色が並んでいるの
―暗い性格なので紫と黒。女を輝かせるような色
―さらさらっと柔らかくかける絵の具の水色
―混ざった緑の色
―濃く塗ったり薄く塗ったりできる色鉛筆が好き。緑とオレンジは組み合わせの色合いがいいから好き。
―水彩インクの水に溶けていく感じ
―日によって身に着けていたい色が変わる
―虹色。すべての色が混ざり合ってきれい。自然が生み出した色。
―油絵具のベージュの明度と彩度のグラデーションの油絵具のこってりした感じ
―クレヨンと色鉛筆と絵の具と葉っぱの色の青緑。
―あかあおきいろみどり。絵の具が好き 
 
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参加二回目の女の子がいつの間にかみんなの発言をボードに記録してくれていました。
 
たくさんの色や素材、色から広がる気持ちや自然の話がでてきて、
場の空気もほんのり色づいてきたような気がします。
色の話でウォーミングアップしたところで、志帆さんからはこんな問い。 

Q なんで秋は絵を見たいと思うんだろう? 

―芸術の秋! 

とみんなが口々に答えます。 

Q どうして秋なのかな? 

―涼しく描けるから。 

Q なんで春じゃなくて秋なんだろうね? 

―秋はいろんな昆虫とか花とかに会えて嬉しいから。
―秋は時間が短くなってきて哀しい気分になるから
―春は花粉症があるから
―秋は読書の秋だから! 読書も絵でしょ。
―山とかが赤くて綺麗。紅葉とか見て描ける。 

もの哀しさ、自然の色づき、動植物などが芸術と関わりがありそうです。 

そうして、いよいよ今日対話する絵のお披露目です。
ピカソという名前以外は、みんな何も知りません。
「早く見たい!」という気持ちをおさえてもらいながら、
みんなが一番見やすい場所を探してセッティング。
ご対面の瞬間にもれた第一声が、
―うわ、エロ! 
 
みんながガヤガヤと口々に話しはじめます。
―脳みそないみたい
―カクカクしてる感がある 

まずはじっくり絵をみてみようということで、
みんなでしばらく絵をみつめます。
 
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そして、最初の質問です。 

Q この絵を見てみんなが一緒に考えてみたいことを考えましょう。まずは何か感想はありますか? 

―目が左右で違う色の人がいる
―顔の色が違う
―カクカクしている。絵の全体がすべてカクカクしている。おっぱいも顔も鼻も。
―何をしているところかわからない
―全員すっぽんぽん
―マスクのような顔
―エロイ。ハダカがエロイんじゃなくて、右のおっさんが見てるようなのがエロイ。絵のなかに男のような人と女のような人がいるのがエロイ。
―全員女に見える。ハダカになってる恥ずかしさは感じない。
―服を着てないから、貧しそうな人
―挙げている手が、あるはずの場所じゃないところにあって、この人の手かどうかがわからない
―背景の水色が何なのかわからない
―いろんなところがボヤっとしてる
―水色は氷だと思う。
―貧しいといいつつもダイヤかもしれない
―布かと思った。身体もカクカクしてて、背景もカクカクしてるから、柔らかいものかもしれない。
―処刑されそう
―男女の区別がつきにくい。着替える前みたいでみんな同じ形。
―服着る前で眠そうな顔してるから、眠くて変な顔になってる。起きたての朝かな。
―そもそも男も女も関係なく描いている 

みんなが次々と手を挙げて、我先にと感じたことを話します。
その話のなかには、キュビスム、ヌード/裸体、マスク、主体/客体などの、ピカソの絵を巡って取り上げられる問題のすべてが詰まっているといえます。
 
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話はまだまだ続きます。 

―まんなかの人だけラインが白で描かれていて不思議だな
―全体がごつごつ固そうで居心地の悪そうな世界だな
―手が途切れていて何をしようとしているかわからない。顔も黒いから障害がある。
―裸で貧しそうだから、ガンとか病気になっていて、人にうつらないよう谷底に落とされている
―貧しい人がダイヤモンドを取りに来ている
―ハロウィンのヌードパーティ
―6人いるように見える。手だけ見えてるもう一人がいる。 

貧しくて暗そうに見える人と、楽しそうな場面に見える人。
全員女に見える人と、男が混じっているように見える人。
背景も柔らかい布という人もいれば、氷やダイヤモンドだという人もいる。
死刑囚、パーティしてる人、泥棒など、
人によっていろんな見方があることがよくわかります。 
 
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次に、これから考えたい問いをみんなで出しあいます。 

Q この絵は何を表しているのか?
Q 描かれている人数は何人なのか?
Q 描いた人はどんな気持ちで描いたのか?
Q 何を描きたかったのか。何を残して、何を伝えたかったのか?
Q 何でこんなに色とりどりなのか?
Q 描いた人は暗い性格だったから、暗い生活を送っていて、だから暗い絵を描いたのか?
Q なぜこの絵を見て変な絵だと思うのか?  
-裸だし、マスクかゾンビみたいな人もいるし、カクカクしてるし、輪郭もおかしいし、色も変だし、いろいろおかしいから変だと思う。
Q なんで裸なんだろう? 

たくさん問いがでたところで、このなかから話し合う問いを選びます。
多数決かあみだくじかを多数決で決めた結果、多数決です。
結果、上位二つの問いを合わせた、今日の問いはこれ↓ 

「Q 描いた人は何を描きたかったんだろう?なんで裸?こんな色?暗い絵?」

前回のマチスの絵のときは、具体的な絵にまつわることよりも、
表現や感性の問題に話は広がっていきましたが、
マチスの切り絵の造形のような偶然に任せた要素がほとんど感じられず、
ピカソの「意図」に満ち満ちているこの絵では、
子どもたちはその本意を知ろうと考えます。
子どもたちの本質をつかむ感覚の鋭さは脱帽もの。
時間はすでに大半を過ぎていて、終盤戦です。 
 
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―お風呂上がりだから裸。 

Q お風呂上がりで何が描きたかったのかな? 

―お風呂上りで裸で遊んでいるイメージを描きたかった。タオルみたいなものを持ってるようにも見える。水っぽいから水色使ってる。 
―裸でいることを恥ずかしいと思わない村を見つけて、その人たちの姿を描きたかった。だから恥ずかしそうに見えない。
―家族だから
―どこかの裸の民族だから
―みんな裸だから恥ずかしくない
―裸が習慣の家だから
―描いた人が女の裸が好きで、綺麗だと思っているから
―恥ずかしそうな顔じゃないし、逆に裸を見せようとしているから。
―ポーズをとって堂々としている感じ。顔が黒っぽかったりして居る人は奥にいる感じがして、堂々としている感じと、そうじゃない感じの違いを出しているように見える。 

Q 絵のどこを見て恥ずかしそうに見える? 

―恥ずかしいと目をあわせられないけど、この人たちは身体が開いている
―堂々としているから。隠してない。
―描いている人を見てる
―絵のなかの人がお互いに対話してる。「恥ずかしくない?」って横の人に聞いている。 

Q この絵のなかで「恥ずかしさ」って何だろう? 

―ポーズを取っているか取ってないか 

「恥ずかしさ」の話をしているなかで、こんな問いも出てきました。 

―絵を見る人が恥ずかしいと思うのか、絵のなかの人が恥ずかしいと思っているのかどっち? 

当然、絵に描かれたものについて話しているつもりの大人は、
ちょっと虚を突かれた感じで驚きます。
絵を見ている側も絵画とその経験の一部だということを、
大人はいつの間に忘れてしまったんでしょう。
観者も巻き込んだ絵画における見る/見られる関係は、
美術における長年にわたるテーマでもあります。 

―絵のなかの人がちょっと怒っている感じ。何で描くんだって。
―右の変な顔(仮面をかぶっている)人がリーダー。 

Q これは仮面を描いたのかな? 

―化粧!
―狩をする人。前にあるのは肉の塊。汚れたから着替えてる。
―仮面じゃなくて、包帯みたいなのを見えたままに描いた
―描いた人が恥ずかしいという感情を読み取って、あえて顔をわからないように描いてあげた。(描き手の配慮)
―描いた人が変顔が好き(目がバラバラだったり、顔が黒かったり、身体がカクカクしてたり)
―意味不明な(パッと見てわからない)ように描くのが好きだった
―変顔を描こうと思ったんじゃなくて、見たままで、描いた人にはそう見えていた

話はまだまだ尽きそうにないところで残念ながら時間切れ。
「時間がきたので、バッサリ終わります!!」と終わろうとした絶妙のタイミングで、
「タイトル教えてよ!!!」という声が挙がりました。 
そこであらかじめ準備しておいた、お土産カードをみんなにプレゼント。
絵のタイトルや、ピカソが参考にした絵や、キュビスムについての知識を添えています。
お土産カードの内容とは違いますが、レポートを読んでくださっているみなさんにもちょっとした解説を。 

この作品は西洋絵画の伝統を否定し、複数の視点を絵のなかに導入したキュビスムの原点にもなった作品です。ピカソには「青の時代」、「ばら色の時代」など、現実の生活や精神状態によって色調が変化する時期がありましたが、この作品では赤の時代の明るい雰囲気を受け継ぎつつも、無表情な人物や、無機的な空間によって、暗さというか、人間の豊かな感情をたたえた世界とは違った、幾何学によって構成された異次元の空間が描かれています。描かれている題材も、もともとは「アヴィニョンの売春宿」というタイトルにもあったように、売春宿で働く5人の女性のヌードを描いたものです。でも、彼女たちは従来の絵画のなかで描かれてきたように、観者に対して媚びた姿態や表情を見せるのではなく、正面をみつめ、身体を開き、こちらを威嚇しているようにも見えます。アフリカの仮面をもとに顔を描いているとも言われています。様々な要素が入り混じり、想像力にあふれた絵画の冒険へと乗り出したこの作品は、現代美術のはじまりとも言われています。 

こうして挙げてみただけでも、今回でてきた問いや話の数々が、
いかに本質をついたものかがよくわかります! 

知識はなくても絵を見るのだけで、十分に本質に迫れることはわかったけれど、
(逆に、知識がなくてもそうして本質に迫れる絵が、すごい絵なのかもしれませんが)
知識があると、また違った見方ができたり、
新たな問いへと世界が広がることがあります。
対話をして、もっとこの絵を知りたいと思ったり、
他の絵にも興味をもったり、
今回の対話をきっかけに、アートがぐっと身近になってもらえると嬉しいな♪ 

それにしても、毎回感じることですが、
子どもたちはいつも予想以上の想像力と洞察力に満ちた話を繰り広げてくれ、
大人の目が開かされるばかり。 

もちろん、子どもたちはずっと集中しているわけでもなく、
最後の方では、対話組と押し入れ組とにわかれていました。
でも、押し入れで遊んでいる子どもたちも、
隙間からこっちの様子をこっそり伺っているのがわかります。
この自由さにはじめは戸惑われる方もいらっしゃるかと思いますが、
だからこそ入ってこれる子どももいて、
とりあえずこれが犬てつスタイルかな、と思っています。 
  
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1時間以上も一枚の絵をみて語るなんてなかなかない、
とても楽しく刺激的な体験でした。
また来年にも第三弾を企画したいと思います!
お楽しみに~ 

次回は12月8日(土)は、今年度最終回の犬てつです。
場所がいつもと変わって、犬山城下町にある余遊亭です。
午後からも場所を借りているので、お時間のある方はランチでもご一緒に♪
みなさまのご参加お待ちしています。 
 
(犬てつ ミナタニ)  
 
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# by inutetsu | 2018-11-14 18:35 | 子どもと大人のてつがく対話 | Comments(0)