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犬山×こども×大人×てつがく×対話


by 犬てつ

どこからがホントでどこからがウソ? 

8月7日(月)犬てつとCLAFA対話のアトリエ合同による、哲学対話を開催しました。
テーマは、「どこからがホントでどこからがウソ?」

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事前に何のテーマで話そうか考える中で、進行役の志帆さんから、「記録すること」についての問いが上がりました。この問いは私も長年考え続けてきたもので、お互いの関心がドンピシャ。

記録=意図が入らないものと思われがちではありますが、写真や映像の分野では、ドキュメンタリーは嘘をつく、という前提をまずは教えるところから入ります。でも、私が他で教えている学生さんたちにそのことを何度伝えても、記録は客観的なもので事実だという考えがどうしても根強くあって、なかなかほぐれない。さらに真実と事実はどう違うの?と考え始めるとますますこんがらがってきます。

犬てつでは、低年齢の子たちには「記録」という言葉で考えるのはなかなか難しいかも、ということで、記録に含まれる事実性や真実性について、「嘘と本当」という言葉を通してなら身近に感じられるかなと、「どこからがホントでどこからがウソ?」という問いに決まりました。

さて、今日は久しぶりの志帆さんとの対面対話&CLAFA合同ということもあって、総勢25名の大所帯。哲学対話が初めての参加者や久しぶりの人もいて、哲学対話ってどういうことをする場所?という丁寧な説明から入ります。そして、最近楽しかったこと、楽しみにしていることをみんなに話してもらってから、哲学対話が始まりました。

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Q 嘘と本当ってどこで線引きしているかみんなで考えてみたい。たとえば犬てつ(の今日の様子)を動画で撮影して、犬てつはこんなことをしてますという映画になった。それは本当のこと? 今年3周年になる犬てつの本があるけど、あれはみんなの対話をまとめたものだけど、あれは本当のこと? 今日はその辺のことを考えたいと思ってる。ここで何を考えようとしているかわかったかな? 難しい?

と、まずは志帆さんが今日の対話の内容の大枠を説明して、小さい子にわかるかどうか尋ねてみると、「難しい・・・」の言葉が漏れます。
じゃあ、ということで、次は漫画を例に出します。

Q ドラゴンボールは本当の話? スーパーサイヤ人は本当にいる?

―まあ、いないんじゃないかな。わかんない・・・

Q 鬼滅の刃は本当の話? 

―架空の世界。

Q 「架空の世界」ってどういうこと?

―想像で作られた世界。

Q お話の世界みたいな感じ?

―本当の話だとは思わない。

Q どうして本当だと思わない?

―あんなに火が出るわけがない。

Q じゃあ、さっきの犬てつの映画の話に戻って、今ここでみんなのこの様子を映画監督が撮影しているとします。それが映画館で公開されたとします。それは本当のことでしょうか? 嘘のことでしょうか?

―映画だから切り替えられたり、役者が違うかもしれない。

Q そういう作り替えなしで、本物のみんながそのまま映画に出てるとしたら?

―編集は? それって映像のことを言ってる? それとも歌舞伎みたいにリアルなことを言ってる?

Q 映像。まずは編集ありだった場合はどう? YouTubueでもいいよね。これが生配信されているとしたら、それは本物? 現実をそのままに表現してる? それともできてないと思う?

―何も編集してない?

Q YouTubue生配信だったら編集なしだよね。編集した動画と編集しない動画で何がどう違うのかをちょっと考えてみようか。

―編集ありだとすると、自分が得するように場面とか順番とかも入れ替えてる。

Q 自分が得するその自分って誰?

―いい部分だけ切り取って見せると、この人は善人だなと思うけど、逆に悪い部分だけ繋いで出しちゃえばこの人悪い人だなと思う。でも二つ同時に出すとそういう人なんだなと。

Q 編集で切り取った部分を自分のいいように順番を変えると、事実とはちょっと違ってくるんじゃないか、ということであってる? 映像を編集するってことは事実とは違ってくるって話が出てきたけどどうかな。

―映画を公開するというのは、周りにたくさん見られるわけだから、映画を公開するときに編集するというのは、見てくれる人にとって見やすいように編集すると思うから、見やすいように捻じ曲げられてても、それが見やすければ編集してもいいんじゃないかな。

Q 見る人のために面白くしたり、楽しいように編集するのは作品としてありかもということね。その作品が現実か現実じゃないかと聞かれるとどっちだと思う?

―犬てつの状況を編集したとして、それはリアルなものを撮って、そこに人の手を加えただけなら現実じゃないかな。

Q なるほどなるほど。犬てつはどうして現実だと思えたの?

―そこに実際に人がいて、議論している様子を編集してるだけだから。2次元とは違って3次元だから現実。

―仮定ですけど、今日映画を撮るとします。最初自己紹介とかしてたけど、あるきっかけである人がある人と口論したとします。それをYouTubeで公開したとする。それを犬てつのアカウントで出したとする。編集者が犬てつの参加者を増やしたいと思っているとする。それが自分がいいようにということにあたるけど、どう編集したら人が来るかを考える。それぞれの人の考えによるけど、個人的には自分は失敗したところも写したほうがいいと思う。失敗するところを写すことで、いいところも見せることができるじゃないですか。だからそうやって偽ることもあるんじゃないかな。編集で悪いところを隠すことだけがいいことに繋がるとは限らないかも。

Q 悪いところってどんなこと?

―さっき言ったように口論が起こったりとか。もしすごい口論になって、(哲学対話は)否定しないとか言ってるけど、こういうことがあったよとか。そこを入れるか入れないか。

Q 哲学対話はルールとしては否定しないと言ってるけど、それを入れるとちょっとまずいよねと編集で切りました。それは事実は伝えてない?

―伝えてない。だけど、もし、その後めっちゃ口論しました。でも、その後に見事話して解決しましたという内容だったら出したらいい。でも、口論だけで終わっちゃったら、それを出しちゃうことはあまりない。

Q もし、それをそのまま出したら事実?

―そのまま出したら事実。

Q 編集が事実を歪めるんじゃないか。編集しないのがありのままの事実なんじゃないか、という話が出てきてるけどどうだろう?

―今って何の話をしているの?「本当」?「事実」?

Q 「本当」というのが曖昧すぎて、編集すると事実じゃない、という話から「事実」って話になってる。

―自分たちが見ているものも現実かどうかってどうやってわかる?

Q そうだね、すごくいい視点。今見てるものは現実って思ってるけど、それが現実かってどうやってわかる? 今、犬てつをやってるのを見ているのが現実かどうかわかる?

―目に見えるのが現実とは限らない。志帆さんはロボットかもしれない。
―事実って何?

Q 今素晴らしい問いが出てきた。事実って何ですか? 本当って何? 映画の話じゃなくていいよ。今見えてる現実に見えてるこのリアル。久しぶりに会えてよかったねとか言ってるけど、なんでリアルだってわかるの? そもそもこれリアルかなって疑っている人っているのかな?

―真実は神のみぞ知る、ですよ。

Q なんで神は知ってると思うの? 神はいるの?

―神様がいたら知ってるんじゃないかな。本当かもしれないし、嘘かもしれない。わかんないものは本当とも嘘とも言う。

Q どうして私たちはよくわからないものをこれが事実だと決めつけているんだろう?

―今の考えでそれは嘘か事実かと言うこと? 今の時代で言っていることと本当のことが違ったら、今の時代では嘘と言われる。でも、未来では本当になるかもしれない。

―本当にそれが本当か嘘かはわからない。考えられる範囲でそれが嘘か本当かを言っている。

―よく、これ本当かどうかわからないからつねってみるとか。あ、痛いから本当だとか漫画とかでよく言われる。触ったらここにあると、感覚で感じられるのが事実そこにあると言えるかどうかが本当かどうかがよくわからない。触れたらあると言うのが本当だと言うのが何でだろう。つねられて痛い、なら本当だと言うのは何でそうなんだろう?

―なんか今まで生まれてから30年以上経って、これが本当ですとか、嘘です、って教えられてない。ないものが編集によってあることにされたりするけど、効果音とかもあるから。

Q 確かに音があるね。

―ひどい話なのに感動的な音楽が流れてきたらそういう気になるし。なんだろうと思うと迷宮入りする。3次元だと本当だというのも、脚本があって、俳優が演じると架空なのか、史実に基づくと本当か、歴史や社会とかテレビや漫画で見たら昔ってこうだったんだと思うけど、研究が進むと実は違ったりと言うことがある。

Q (大河ドラマの)「どうする家康」は本当の話? 架空?

―やつは偽物だ! 俳優が違うじゃないですか。

Q 例えばここで言うと、志帆さんの役は志帆さんじゃなければ偽物? 志帆さんがやってる今のこれは現実?事実?本当?本当の志帆さん?が本当の犬てつで本当の対話をしているとどうして言える? 言えるポイントを見つけられそうな人はいる?

―家康の話に戻るけど、絶対家康がいいようになる。家康が悪者にはならない。自分が見たり触ったりするものは「事実」だけど、それが「現実」かどうかはわからない。もの?とか動いているもの。見えてるものは「事実」だけど、今これが夢かもしれないし、自分が生きてるかどうかもわからないから、存在してるかどうかは言えない。

Q 写真はどう? 動いてない。

―写真は額とか入れて飾ったら、額に入っている写真自体が「事実」になる。写真の中に写っている、写真がどういうところを撮っているかというのは「事実」ではなくて、その写真が「ある」。

Q ぺらんと一枚写真がテーブルにあったら?

―それは事実。

Q テーブルの上にあるものだから?

―紙だから。

Q 写っているものが事実じゃどうかはわからない?

―え、わからない。

―写真に撮ったらある。

Q 自分がここにいて、この風景をカシャって撮ったら事実なの? いるとかあるとか言ってくれたけど、事実かどうかを考える上でもしかしたら存在自体が重要? 「存在」というキーワードが出てきた。

―写真は「事実」だと思う。だけど、その写真をどう読み取るかは、例えばネス湖のネッシーがいる。偽物のネッシーを作っておいて写真を撮ったとする。そしたらその人は偽物のネッシーという「事実」を撮った。だけど、他の人がみるとネッシーの形をしているから「真実」はネッシー。本物のネッシーの写真を見るとみんなは本物と思う。

Q 本物ってどういうこと?

―一般的に言われるネッシー。本質的なところはのぞいて、本物と言われるものが存在したと。いわゆる全員が言うネッシーと言われるものの正体的なものを写した人がいるとする。その写真を見たら写しているのがネッシー。それは本物のネッシーを写しているので、見た人は本物のネッシーだと読み取る。

Q 本物のネッシーだと読み取る人はどうやって読み取るの? 動いてるとか?

―それは人によって違う。写真は嘘か本当かなんてわかんない。

Q やっぱわかんない?

―僕はわかんない。

Q 写真は本物だと思う? 事実だと思う? わかんない?

―合成写真ならともかく、合成写真じゃないやつはわかりにくい。

と、ここでネッシーを例に話してくれていた子どもは次の予定があって退場。
いろんな謎を残したまま去っていってしまいました。
そのまま話は続きます。
Q 写真は現実なのかどうなのか、何を読み込んでいるのかは人によって違うからわからないと言ってたね。動いてたら本物? 生きてるとか?

―ネッシーの写真とネッシーが本物かどうかわからない。

Q 志帆さんは写真は全部本物って思ってたけど、みんなはわかんないって思ってるんだね。

―心霊写真とかは、確かに自分で撮ってるけど、自分には見えないものが写っている。自分には見えなくてとりあえず撮ろうと思ったら写っている。

Q 幽霊系じゃなくても、写真を撮って後から見たらこんな人いたんだとか、こんなもの写ってるとか、後でわかるとかあるね。いかに自分が見てないというか。

―こうやっているところの写真を撮っても、自分が仕掛けた監視カメラにそれが写ってたらわかる。自分で仕掛けてなければまだ本当かどうかわからない。嘘だとわかんなかったらその写真に左右される。

―小さい人たちは動画に当たり前に触れてるから、映像には手が加えられるものだという前提があるんだよね。私たちの時代ではそういう前提なかった。

―私はテレビドラマは本当だと思うから写真も割と本当だと思っている。たとえば、今目の前に駐車してある車は車として本物だけど、模型とかミニカーのトミカとかは作り物。でも、作り物は偽物じゃないよね、でも本物でもないよねと思ったら、何をもって本物としてあるか、境界線がわからなくなってきた。

―夢が偽物かもしれない。

―さっきまでは、写真はその人の意図で切り取られたものだから本物じゃなくて、自分の目の前のものだけが本物と思ってた。消去法でいうと写真は本物ではないかもしれないけど、目の前にあっても気づかないことがあって、写真の方が後々まで残ることがあるから、そういうことを思うと、本物なんてないんじゃないかという。本物って存在しますかね? なんかわかんなくなってきた。

―あれは車って呼んでるけど、実はパーツを組み合わせているだけだから本当は車じゃなくて、工場で作られたパーツだから、車に本当はないかも。

―ぶっ壊れる可能性もある。

本当、本物、現実、偽物、事実、真実、存在・・・のいろんな具体的な話が上がってきて、これまで考えていた前提が次第に崩れ始めてきたところですが、あっという間に時間切れとなりました。
今日は久しぶりの対面ということもあり、哲学対話初参加の人もいることから、最後に一人づつ思っていることを話してもらいます。

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・話を聞いてたら面白くなった。
・つねったという話から考えたら、夢の中で夢と気づけないタイプ。夢が現実。事実とは? モヤモヤしてる。
・いろんな意見が聞けて楽しかった。心の中で問答しててモヤモヤがいっぱい。一週間くらいモヤモヤする。
・今は現実で、夢は夢だとわかる。でも、最近夢を見てないから余計今は現実だと感じるけど、でも本当にそうかなと思う。これは現実じゃないとは絶対に疑わないけど、それはどうしてなんだろう?
・私はいつもこれは夢ではありませんようにって思って生きている。夢は夢とわかるけど、どっちが本当かなといつも疑っている。
・ちょっとだけ難しかった。
・車はパーツでできているという、自分の認識が車からパーツに移ったから、ものの呼び方とか考えてみようかなと思った。
・ちょっと難しかったけど、本当と真実って同じように聞こえるけど、意味が違うというか、ちょっと違う。
・みんながちょっと面白く考えている感じ。本物かこれは、という番組も多い。本当か本当じゃないかというのを考えるのが好きなんだな。そういうのに何でみんな興味があるんだろう。
・音って事実なのかな?消えるから。
・現実とか事実とか考えてるとわからなくなってきて、日頃現実的とか使ってるけど、現実的?とか使えなくなる。
・面白くって、ここに液体があると自分には見えていて、水だと知ってるから水だと思うけど、知らない人にはわからない。水だと思って飲んでも違ったらそれは何だとすごくもやってる。
・車のパーツの話を聞いて思ったんだけど、声優が亡くなって、モノマネをしている人がいて、本物がクルクル変わっているからそういうの信じていいのかなと。
・嘘とか本当とか言っても、どういう本当か、嘘とかによる。こういうふうにしたらいいよなとか、種類がある。嘘にも種類の違いがある。どれが全部嘘というのを見極めるのは難しい。
・色々聞いているうちに、言葉って存在するのかな、と思ってた。日本語とか。日本語とか存在してるのかな?言葉の概念や意味とか。
・言葉にならないモヤモヤばかりだけど、最初から最後まで面白かった。
・映画で嘘か本当かなんて考えたことがなかった。
・いろんな人の意見が聞けて面白かった。よくわからなくなった。同じことを言ってても見てるものが違うかも。

みんなそれぞれにモヤモヤしている様子です。
モノはどこからそのモノなのかという名付けの問題や、存在論にもつながりそう。
存在しないものは事実じゃなくなる?
事実じゃなくても本物の体験にはなり得るのかな?
いろいろな考えの根っこにつながっていきそうな対話となりました。

対話が終わるや否や、行ける人たちでこの時期毎日10分開催されている犬山ロングラン花火の見物に出かけます。対話が終わる前に時間に間に合わないと、木曽川沿いに向かって場を走り去った子たちも何人か。何人かは車に乗りあわせて犬山橋から鵜沼側を回ってライン大橋まで。犬山城をバックに木曽川をぐるっと周って見る花火は格別でした。

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ご参加のみなさま、ありがとうございました!

なお、犬てつドキュメントは事実を元にしたフィクションです。
でも、嘘は書かないようにしていて、真実に近づこうとはしています。
これは本物? 本当のこと?


Text by ミナタニ





by inutetsu | 2023-08-19 16:07 | こどもと大人のてつがく対話